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設計者の想いの日々(ブログ)ここ数年の想いの集大成~建築から離れての束の間の雑感
・良い人は都合の良い人、 悪い人は都合の悪い人、優しい人は自分の我儘を聞いてくれる人、優しくない人は自分の我儘を批判する人。 でも本当の意味で優しい人は人の我儘を都合良く受け止めません。人への気遣いとは優しげな言葉や素振りだけでは駄目。 汚れ役を引き受けてこそ優しさだと思います。
・「学ぶ」とは「真似ぶ」から転じた言葉らしい。真似をすることで、個性が失われると思うなら、所詮、その程度の個性、つまり、オリジナリティがあったかどうかも怪しいということ。真似っぽくはできたとしても、本当の意味で、真似することは大変な労力を要すると思います。 ・テレビや新聞などを通じて、与えられた情報を受身に得る時代から、自分自身の情報収集能力のセンスが問われる時代にこれから益々変化していくでしょう。そういったセンスを培うための素養作りを積極的にしていかないと自分自身を見失うことになると思います。 ・貧乏を恐れず、ポリシーに反する仕事は行わない。心に贅肉がつけば、臆病になり、平気で妥協するようになる。妥協すれば、百年の計は、台無しになる。貧乏をしたところで、また、一から始めればいいだけのことだ。 ・混沌とした状態を乗り切って、突き抜ければ、そこには、輪郭のはっきりした世界が広がっているのです。「簡潔でありながら洗練」と「何も考えず簡潔」とは、全く似て非なるものであります。 ・自分で走って汗をかいて水分を蒸発させて雲を造って、再び自分自身の心に雨を降らせてあげることが絶えず必要で、これを怠るとすぐ干乾びてしまいます。常にその繰り返しで疲れるのですが、生きている以上はこの現実を肯定的に受け入れねばならないのでしょう。 ・斜め読みの人生は「不仕合せ」だ。人と正面から向き合おうとせず、理解する力と強さに欠けていて、その人生は誤解と偏見に満ちている。そして、斜め読みする人々は周囲に「誤解と偏見」を平気で撒き散らして、決して斜め読みせず正しく生きる者を無意識に迫害して、理不尽な世の中を形成する役を担う。 ・闘争心とジェラシーは紙一重、達成感とマスターベーションも紙一重、自信と驕りも紙一重、厳しさと優しさも紙一重、運と不運も紙一重、この紙一重の違いがわからないと幸も不幸もわからぬまま、ただ生きて死んでいくのではないかと思ふ。 ・人間はものをどんどん忘却していく生き物です。だから辛いことがあっても傷が癒えていく反面、ひらめきや思わぬ発想をも、忘却のかなたへと押しやってしまいます。そうならぬように何か書き留める、あるいは他者を意識して、忘れぬうちに言葉を発信して、自身に刻み込む作業は非常に重要だと思います。 ・理想と現実のギャップに人間は必ず自己嫌悪を抱くが、この自己嫌悪に目を背けず、これをナルシズムに昇華させて、理想と現実の差を埋めていく努力ができる人が自己実現の欲求を満たせる人生を送れるのだろうと思ふ。 ・「詩」の一句と一句の間の「間(ま)」の要素は建築の空間構成に通ずる。「間(ま)」の要素をおざなりにして、とにかく空間を埋めようとしがちな大学の建築の教育は根本的に間違っている。 ・人間が近代的合理性のみで割り切れるなら、人は人で無くなる。無駄を大事にする心こそ、人が人で有り得る。 ・新しいことを始めようとする勇気と根気、それを支える信念。それらに大敵なのは自らの短気と愚痴、そして隙あらば忍び寄る一時の諦念。 ・多数決は民主主義という名のもとの横暴。 ・今を一生懸命生きる。一瞬は一瞬のうちに過ぎていって、きっと人生は一瞬の総計。 Copyright (C) 2013 永井昭夫 All Rights Reserved.
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