設計者の想いの日々(ブログ)
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京都の町並み・建築探訪

南禅寺水路閣



  
琵琶湖の湖水を京都市へ流すため水路を作った事業は、「琵琶湖疎水」と呼ばれ、1885年に着工、京都市の年間予算の2倍以上の予算をかけ、1912年に完成し、水力発電、灌漑、工業用水などに使われた。
格式高い南禅寺を通過する水路閣はレンガ・花崗岩造りの水路橋で、全長93.2mで幅4m、毎秒2トンの水が流れ、建設当時は古都の景観を破壊するとして反対の声もあがりましたが、今では京都の風景としてすっかり馴染んでいます。西欧技術が導入されて間もない当時、東京大学を卒業したばかりの田辺朔郎工学博士を工事担当者として、日本人のみの手で設計、施工されたもので、土木技術史上極めて貴重な近代化遺産である。京都市指定史跡。

南禅寺境内


  
カテゴリ:京都の町並み・建築探訪 2014年3月3日(月)

花見小路通り・先斗町・白川

花見小路(はなみこうじ)通りは、北は三条通から南は安井北門通までの約1㎞の通りで、京都を代表する通りの一つで、茶屋や料理屋などが立ち並び、2001年に電線類地中化・石畳の整備が完成し、情緒ある祇園の風情を楽しむことが出来ます。


夜の花見小路通り

*夜景壁紙サイトからダウンロードしました。

こちらは先斗町(ぽんとちょう)。鴨川と木屋町通りの間にあります。


Wikipediaより拝借した先斗町。カメラマンの腕が違うようです。


三条通りより白川を眺む
カテゴリ:京都の町並み・建築探訪 2013年9月19日(木)

大徳寺高桐院

高桐院は、戦国時代に智将として、茶人としては利休七哲の1人として知られる細川忠興(三斎)が父のために1602年に建立した寺で、大徳寺塔頭の一つです。高桐院の表門を潜ると、これまでの境内の風景が一変、楓と竹林の青葉の美しさと緑の濃さに圧倒されます。


玄関への長い石畳の参道


本堂前庭




松向軒(しょうこうけん)
利休の茶を忠実に継承したといわれる三斎好みの茶室。
カテゴリ:京都の町並み・建築探訪 2013年9月18日(水)

大徳寺芳春院

茶の湯文化とも縁が深く、日本の文化に多大な影響を与え続けてきた寺院である、京都市北区の大徳寺の境内は、20を超える塔頭(山内寺院)が立ち並んでいますが、今回は原則非公開である「芳春院」をご紹介致します。

1608年、加賀百万石の祖・前田利家の夫人・松子(まつ、芳春院)が建立し、法号をとって芳春院と名付け、前田家の菩提寺となっています。

長い石畳の参道、秋は紅葉が綺麗です。


金閣、銀閣、飛雲閣と並ぶ京都四閣の一つの「呑湖閣(どんこかく)」、小堀遠州作。
楼閣前には、飽雲池(ほううんち)を中心とした楼閣山水庭園が広がる。客殿から呑湖閣を結ぶ打月橋(たげつきょう)が架かる。


茶席・如是庵のほかに3つの茶席がある。


本堂前の枯山水庭園
カテゴリ:京都の町並み・建築探訪 2013年9月18日(水)

京都の町家PART1

今年の5月末から6月初旬に、研修のため京都に滞在していた折に目に付いた町家を今回はご紹介したいと思います。
町家の外観は、紅殻格子(べんがらこうし)と呼ばれる色の濃い格子、虫籠(むしこ)窓、矢来、むくり屋根などが特徴的で、間口が狭く奥行きが深い建物が多いです。
京都市による町家の定義は、「1950年以前に伝統的木造軸組構法で建てられた木造家屋」で、1864年の禁門の変の後、発生した大火(どんどん焼け)以降に建築されたものがほとんど大半とのことです。
町家は、京都市内全域で推計5万軒弱、残されていますが、毎年、1000軒程度消失しています。

いずれも四条堀川付近の町家です。






カテゴリ:京都の町並み・建築探訪 2013年9月8日(日)
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