設計者の想いの日々(ブログ)
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永井昭夫
建築設計事務所
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当設計事務所の姿勢・信条

家造りは楽しく

基本的に、家造りというものは楽しいものです。ゼロの状態から諸条件や希望を整理して、打ち合わせをしながら、少しずつ積み上げ、築き上げて、家の形の輪郭がだんだん明瞭になっていく過程を積極的に楽しんでいくことは、より良い家が出来る秘訣だと思います。

お店で商品を何種類からか選択して決定するような取捨選択の感覚を思い切って捨ててみて、漠然とでもいいので、何かを造り上げていこうという率直で前向きな気持ちが大切です。

もちろん、如何ともし難い現実を突きつけられる場面に遭遇することもあるでしょう。造り上げる喜びばかりではないかもしれません。
理想と現実のギャップに悩まされる日々を送る時期を乗り越えていくためには、より良きパートナーたる建築士が必要です。
提案力に優れ、柔軟な対応力を持ち、コスト管理能力を兼ね備え、生活総合技術者たる建築士を探してみてください。

そんなパートナーとして選んでいただけるような技術ある建築士となるべく、当事務所は日々、努力を重ねています。
家造りにハッピーに楽しく取り組めば、苦も苦でなくなり、大変だったことも将来には良い想い出になります。
貴重な人生のイベントとしての家造りを思う存分楽しむことをお勧めいたします。
カテゴリ:当設計事務所の姿勢・信条 2010年7月10日(土)

「建築」は「住宅」に始まり「住宅」に終わる

もう10年以上前のことでしょうか。お付き合いの関係で、ほんの短い期間ですが、高校受験対策のための学習塾で、国語を教えていたことがあります。「日本人なんだから、国語ぐらいはいつでも教えられますよ」ということで安請け合いしてしまったわけですが、普段、当たり前に使っている「日本語」を教えることの難しさを痛感せざるをえませんでした。
ちょっとでも、いい按配に生徒に教えようとすると、ストップがかかるし、理解したかなと思って先に進めると、生徒は同じような間違いをする、そんな繰り返しでした。当たり前のことをわかりやすく教えていくことほど難しいものはないと思いました。

このことは私たちの「建築」の世界にも当てはまると思います。いわゆる建築の専門用語を駆使して、煙に巻くような文章は誰でも書けます。単に自分自身の虚栄心を満足させることを主眼に書くだけですから簡単なはずです。
けれども、専門的な内容であっても、生活に密着した言葉で、専門外の方々にも、いかにわかりやすい表現で伝達するかとなると、とても難しいと言わざるをえません。相手の立場になって物事を伝達することの難しさは仕事上だけでなく、実生活でも感じることです。

特に文筆を専門にしていなくても、例えば、科学の世界で一芸に秀でている技術者には名文家が多いと言われます。湯川秀樹、アインシュタイン然り、建築の世界ですと、宮脇檀が挙げられるでしょうか。
ただ、これは私見ですが、「建築」は非常に生活に密着した分野であるにもかかわらず、生活に根ざした言葉でわかりやすく伝えてくれる建築技術者が少な過ぎます。いかに専門バカが多いか、その証明だと思います。

「建築」は「住宅」に始まり「住宅」に終わるという言葉があります。「住宅」は人々が生活していく基本の拠点です。その基本を知ることから始まって、幅を広げて、奥義を垣間見て、また初心に返って基本に戻る、その繰り返しだと思うのです。「住宅」はいちおう誰にでもできることはできますが、「住宅」ほど難しい建物はありません。

以前、ここのブログで申し上げた通り、「建築」は生活総合技術です。建築士は「ライフトータルエンジニア」となる努力を怠るべきでないと私は考えています。
カテゴリ:当設計事務所の姿勢・信条 2010年6月27日(日)

汚れ役

良い人は都合の良い人、 悪い人は都合の悪い人、優しい人は自分の我儘を聞いてくれる人、優しくない人は自分の我儘を批判する人。 でも本当の意味で優しい人は人の我儘を都合良く受け止めません。人への気遣いとは優しげな言葉や素振りだけでは駄目。 「汚れ役」を引き受けてこそ優しさだと思います。


先日からツイッターなるものを始めまして、上記のようなことを昨日書いた(つぶやいた)ところ、10人の方からリツイートして頂いているのに気付きました。リツイートとは気に入った文章、いわゆる「つぶやき」を見つけたら、自分のページに掲載する機能のことです。

言うまでもなく、設計事務所は「汚れ役」を果たさなければ、その役割を十分に発揮することはできません。お客様に対しても、施工する工務店、各協力業者に対してもです。
積極的に「汚れ役」を引き受けてこそ、その存在が光るのです。私自身の言った言葉には未来永劫、責任を取っていきたいと考えています。
カテゴリ:当設計事務所の姿勢・信条 2010年6月22日(火)

生活総合技術

建物を設計・監理するために必要な技術を大きく分けるとすれば、2つの側面があります。一つは実務上の側面、つまり、実際に図面を作成し、そして工事監理する側面です。そのためには建築基準法、消防法などの建築に関連する法律に熟知し、構造の問題などを検討できる能力が問われます。また工事監理するにあたって、図面と照合して、不適合を見極める、現場を指揮する能力も必要です。これらはいわゆる「実務能力」と言われているもので、建物を設計するための基礎になるものです。

もう一つの側面は「生活総合技術」と私なりに勝手に名づけているものです。つまり、どういうことかというと、「建築」と「生活」は密接な関係があって、切っても切り離すことができないということです。「建築」とは人々が生活するために必要な空間、つまり建物という実用品を提供することが第一にあり、機能性が問われるのは言うまでもなく、人々がより充実した文化的生活を送ることを考慮に入れなければなりません。そして四季折々の風情を取り込みながら、元来、日本人が大切に守ってきた伝統を頑なに守りながらも、多様化した現代の価値観・美意識に対応できるだけの柔軟さをも兼ね備えることが必要です。

この「生活総合技術」を培うのがとても大変で、一筋縄ではいきません。「建築」の分野にとどまらない素養が求められます。
私が習っている茶道も「生活総合文化」と呼ばれ、単にお茶のお点前ができればそれでいいかというと、決してそうではなく、歴史、陶芸、工芸、和装(着物)、和菓子や和食、生け花など周辺の分野の素養も必要になってきます。
「建築」も茶道と同じで、広範な素養が求められるということです。
何ごとも、実際に「見る」「聞く」「触れる」という経験を通じ、いわゆる、すぐ忘れてしまいがちな細かい薀蓄・知識を蓄積するのではなく、「感性」を磨いていくことが大切です。その「感性」が咄嗟の判断力が必要な場面で威力を発揮します。
建築設計・工事監理業務は適切な判断力がないと良い仕事ができません。プラン立案からお客様との打ち合わせ、工事業者との折衝から会議に至るあらゆる場面で、「判断」の連続に次ぐ連続と言って過言ではありません。その「判断」の積み重ねが建物の品質に影響するのです。

そういうわけで、私は何の脈略もないかのように見える様々な分野、例えば、茶道、生け花、陶芸、福祉、文学、哲学、歴史、美術、食べ歩きなどなど、多くの分野を「見て」「聞いて」「触れて」、感性を磨き、「生活総合技術」を培って、「ライフトータルエンジニア」への道を着実に歩んでいきたいと考えています。
カテゴリ:当設計事務所の姿勢・信条 2010年5月17日(月)

コスト管理の重要性

もうだいぶ以前の話になります。
お客様の予算が2000万の設定であるにもかかわらず、ある事務所の設計図を元に施工会社各社に見積を依頼したところ、4000万近い見積書が各社から提出されて、どうにもならなくなったお客様からのお話が当事務所に寄せられたことがあります。
2500万の予算で3000万前後くらいの見積であれば、仕様その他の調整次第で、お客様の理想になるべく近い形で施工を可能にすることはできますが、見積が予算の倍になってしまっては、「設計図」の意味は全くない状態、まさに「絵に描いた餅」と言っていいでしょう。
お客様の話と設計図の相違点も多く、いわゆる「建築家」のエゴが前面に出された設計で、「建築家」の創意工夫はもちろん大事なのですが、予算がまるで合わなければ、全く労力の無駄なのではないでしょうか。
コスト管理があってこそ、「設計」が成り立つのです。

確かに、設計事務所に持ち込まれる案件はいわゆる一品受注生産品なので、設計の打ち合わせ段階では予算がつかみにくい側面はあります。
簡単な平面図と立面図だけの状態では見積が出しにくく、今後の打ち合わせで仕様や詳細を丹念に決めていかないと施工可能な正確な見積が出てこないのは事実です。こういった現実の中で、設計者に求められるのが経験に裏づけされたバランス感覚だと思います。
お客様の理想を全部叶えようとすると絶対に予算に合わない、でもそれを頭ごなしに否定せず、できる限り理想に近い代替案を提案するような創意工夫を常に念頭に置いて設計を進めることが重要だと思います。

例えば、「生け花」を例に出してみます。
豪華な花を一万円分たくさん買い込んで、何の創意工夫もなく花器を埋めるようにして生けた花と、決して高価ではない花を数種類2000円で買って、花と花の「間」の空間を生かしながら、伝統や人の経験に裏づけされている創意工夫でもって花器に生けた花のどちらが良いか?私は後者を選びます。
いわゆる「設計」についても同じことが言えるのではないでしょうか。
お金を生かすのも殺すのも人次第です。お金をかけて高価な材料を使ったり、手間をかければ間違いなく良い建物ができるわけではないことをわれわれ設計者は忘れてはいけません。
カテゴリ:当設計事務所の姿勢・信条 2010年5月2日(日)
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