設計者の想いの日々(ブログ)
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永井昭夫
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設計者の想いの日々(ブログ)

すべて

完成予想図(パース)の重要性

設計期間中に、計画している住宅の建築物をお客様にプレゼンテーションする場合、1/100~1/50の建築物の模型を作成したり、完成予想図として、カラーパースを描いたりする作業を設計事務所は、打ち合わせや最終的な確認のために行います。

これは私の意見ですが、1/100~1/50のような小さな模型を検討する場合、必然的に上部から模型を俯瞰することになります。実際に出来上がった建築物を上部から俯瞰する機会は、近隣の高いビルの屋上などから眺める、あるいはヘリコプターに乗って、望遠鏡で建築物を観察するなどしない限り、ありえないわけで、このような模型が事実上、お客様にどれだけ役に立っているか、私は疑問に思っています。

対して、完成予想図であるカラーパースですが、地面に人間が立ったときの目線の高さで見上げた状態で描きますので、実際に出来上がった建築物とカラーパースとのイメージの隔たりはほとんど生じません。
但し、CG(コンピューターグラフィック)でカラーパースを描いた場合、機械的で非人間的な冷たい印象があり、完成度の低いものが大多数です。
お客様は美意識を持って、それぞれの感性でパースを見ていくわけですから、美意識や感性を持った設計者の意図を正確に汲んだ者が描く手書きのパース、及び、CGと手書きが融合したパースでなければ、役に立つことはないと思います。
人間が建築物などを眺める行為は必ず、美意識や感性などのフィルターを通じて行われるという事実を忘れてなりません。

大規模建築物の場合は、設計者自身の確認作業としての模型作成は非常に重要で必須ですが、住宅のような小規模な建築物の場合は、設計者の頭の中に建築物の形が明瞭に出来上がっていなければ、設計者たる資格はありません。住宅の場合、模型作成より、むしろディテール(細部)の詰めがとても大事です。

最後に、完成予想図としてのカラーパースと実際に出来上がった建築物の実例を紹介いたします。


坪庭と渡り廊下のある吹抜の心地よい自然素材の家





シンプルモダン平屋の家


カテゴリ:建築雑感 2010年9月8日(水)

百日紅

百日紅がきれいな時期です。車で走っていても、至る所に百日紅が咲いていて、その美しさには目を奪われます。このような自然風景の美しさと建築物が調和していくような設計をこれからも心掛けていきたいと思います。











カテゴリ:設計者の日常 2010年9月6日(月)

温故知新

茶道や華道などのような伝統的な和の稽古事をしていると、いろいろな広がりがあって、気がついたら、「水戸投扇興愛好会」のお手伝いをしていたり、イベント事の企画・調整・交渉をしていたりします。
「伝統」を学ぼうとすることで昔の人々の生活を垣間見る。「建築」は「生活総合技術」であって、「生活」と密接に関連するものですから、「建築」の「伝統」を知るためには、昔の人々の生活をよく知る必要があります。「伝統」があるからこそ、「現代」があり、脈々と受け継がなければならないものは、我々が守って、これからの世代に引き継いでいく必要があります。
そして、古きを温め、新しきを知る「温故知新」の精神が重要です。日本の「伝統」、とりわけ日本で脈々と受け継がれた「物造りの精神」や「生活の知恵」があったからこそ、現代の「技術の改革・革新」があったと思います。

というわけで、「水戸投扇興愛好会」の茨城新聞の記事(8月3日・19面)です。写真のいちばん右の正面が私です。
http://ameblo.jp/nagai-sekkei/image-10638432573-10729006460.html
カテゴリ:設計者の日常 2010年9月3日(金)

販売から本来の建築技術の世界への再生

昔々、人間が住んだり、利用したりする建築物は職人の手によってのみで造られていました。地域に密着した大工(棟梁)、屋根、左官などの職人が時間をかけて、建築物をじっくり造り上げていきました。
明治に入り、鉄筋コンクリート造や鉄骨造などの技術が西欧から伝達されて、木造以外の建築の技術も上昇していきました。その後、建築士の制度も導入され、戦後、地震の多い日本では、その建築や土木の技術の進歩や流播は飛躍的なものがありました。
職人や建築士などの技術者が中心となって、住宅・建設業界を土台から支えてきたと思います。

近年、地域のコミュニティの絆も弱まり、その「しがらみ」から脱して、人々の価値観が多様化し、社会も複雑化していき、特に住宅業界の流れとして、職人や建築士などの技術者が中心となっていた世界から、多様化している人々の価値観をいかに惹き付けて、いかに利益を上げようとするかという「販売」を重点に置く世界に変質していきました。
その結果として、大工などの技術職人の地位が下がり、「販売」に従事するハウスメーカー・ビルダーが販売経費を稼ぐために、職人の手間を叩いて、大工に至っては、世間の平均賃金を大幅に下回る手間で喘いでいるのが現状です。
つまり、職人や建築士などの技術者が中心で回っていた住宅業界の世界に、技術は無くても営業に長けた「販売」を専業とする人間が大量に流入したことで、技術の対価に見合ったお金を貰えない技術職人が激増してしまいました。
そして、「販売」に従事するハウスメーカー・ビルダーも、入れ替わり立ち代わりが激しい、つまり倒産と新規参入が激しく相次いでいる状態で、「販売」の世界も迷走しているのが現状です。

このような状況のなかで、誰が舵を取っていくべきか?
建築の技術を持ち、多様化した人々の価値観と複雑化した社会を理解し、かつ、技術職人の立場も理解して、彼らの技術を上手に活かすことができるのは、建築主(施主)と直接コミュニケーションを取ることができて、独立した存在にある「設計・工事監理者」たる「建築士」以外には存在しえないと私は言い切ります。
住宅を「販売」から「技術」の世界に戻し、建築主たるお客様の価値観に対応して、消費者の利益を保護することが、これからの時代の流れとなる必然性を持つと私は考えています。
カテゴリ:住宅・建築業界 2010年9月2日(木)

打ち水

元来、日本の伝統的な風習として、「打ち水」というものがありました。毎朝、玄関先、庭先、道路に柄杓(ひしゃく)で水を撒くことで、いわゆる神道的な「清め」という意味と、実用的には、埃が立つのを防ぐ、夏の場合は涼を取るなどの意味合いで、長年、行われてきました。
茶道でも、亭主がお茶会を催すときに、準備が全て整って、お客様をお迎えしてもいい段階になると、玄関先に「打ち水」を行います。
長い歴史を持つ京都などの集落、あるいは老舗のお店などでは、だいぶ少なくなってきたかもしれませんが、「お客様への心遣い」の一つとして、現在でも、「打ち水」を習慣として行っているところもあるかと思います。
このように、日本で長い間根付いてきたものの、廃れてしまいつつある「打ち水」ですが、現在、見直されてきているようです。

政府としては地球温暖化対策として、東京などの都市部ではヒートアイランド対策として、「打ち水」を推奨しており、科学的にも気化熱による温度上昇抑制効果があって、これはあくまで試算ですが、東京23区内の約40%の約265平方キロメートルで打ち水を行えば、打ち水後の気温低下量は2 ~2.5 ℃程度になるという説もあるようで、たかが「打ち水」と言い切れない要素もあると思います。
この「打ち水」も朝夕の涼しい時間に行うと効果は持続しやすく、真昼の暑い時間に行うと、すぐ蒸発してしまって、かえって蒸し暑くなるようで、昔から朝に「打ち水」を行っていた風習は理にかなっていたと言えそうです。
近年の環境対策としての「打ち水」は水道水ではなく、お風呂の残り湯などを再利用して行ったり、水道局が下水再生水を無償提供するなど、複合的に環境問題を考慮して、環境に対する意識啓発を活発化させようという気運が時代の流れになりつつあるようです。

私個人としては、環境対策という側面ばかりでなく、日本の長い間の風習としての「打ち水」を見直して、日本の伝統を守っていくことにもっと主眼を置いたほうがいいのではないかと思います。正直に言えば、少なくとも玄関先では、再生水でなく、きれいな水道水を使って、心遣いとしての「打ち水」を習慣づけたいと私は考えています。
カテゴリ:建築文化・伝統 2010年8月29日(日)
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